ウォルター・スコット卿による鍛冶屋の伝説
ディッキー少年は言った。「いくつか立石があるけど、その上にのっているあの
真中の平たい石が、ウェイランド鍛冶屋のカウンターだよ。そこにお金をはらうの。」
少年は ニタリと笑って言葉を続けた。「あそこの丸穴の開いている衝立石に馬を繋い
でさ、それから口笛を三度吹いて、カウンター石の上に4ペンス銀貨一枚を置いとくれ。
で、丸囲いの中から出て、西側の藪の茂みに座って10分くらいかな。
トンカチの槌音が聞こえる間は右も左も見ては いけないよ。音がやんでから100数え
る間、まあそれ以上でもいいけど、その間にお祈りをしな くちゃ。それから囲いの中
に戻ってごらん。お金は無くなって、馬の蹄鉄ができているというわけさ。」
(ウォルター・スコット卿著『ケニルワース』1821年、第10章より 筆者再話)
*****************************************************************************************
鍛冶屋の主人ウェイランドは、商売気がなく、誠に消極的で変わり者の鍛冶屋さんである。それは、ウェイランドが人並外れた引っ込み思案で、決して人前に姿を現さないせいなのだ。また、煙も見えず、仕事場を覗かれたくもない。けれども、人の噂によると、馬の蹄鉄打ちにかけては立派な腕前という。図らずも、ここは古代街道(the
Ridgeway)沿いにあるので、馬の蹄鉄で難儀している旅人や村人のために、細々とお役に立っていた。ディッキー少年の言葉どおり、客は手数料の4ペンス銀貨(現在の貨幣価値では、僅かな小銭)で大助かり。
19世紀前半、スコット卿が巧みに小説に取り込んだことが背中を押して、蹄鉄伝説が広範に知られるようになった。卿が鍛冶屋を神でも、悪魔でも、妖怪でもなく、尋常の人間として設定し、古代文化の豊かな風土を意識した上で、伝説を理性的に加工した。歴史小説の文脈に乗せて、幻想世界と現実世界を見事に結びつける方法を見出したのは、これ以上望むべくもない素材の料理法だ。
新石器時代の長形周壕羨道墳(長塚古墳)
ウェイランド鍛冶屋の伝説には二つの構成要素がある。第一は物理的現場で、第二は民間伝承である。その二要素は4000年もの時の隔たりをものともせず、また、明らかに互いに無関係であったにもかかわらず、なぜか偶然に上手く結合してしまい、今日に至っている。
まず、第一の構成要素である現場は、いわゆる古墳。正確には、新石器時代の長形周壕羨道墳(一般には、長塚long barrow)である。バークシャー丘陵の西端にある有名な丘絵アッフィントン白馬(Uffington
White Horse)から南西へほんの3マイルのところに位置する。現在イングリッシュ・ヘリテッジ(English Heritage)の管理下にある。17本のブナの巨木に護られた小丘に、俗界と決別した聖域を成す。1919~1920年と1962~1963年の2度の発掘調査後、全長52m、最大幅15mの蒲鉾型の立派な長塚古墳に復元されているので、地下の鍛冶屋と思しき荒廃状態を想像するのはもはや不可能。イングリッシュ・ヘリテッジに拠ると、新旧2基の古墳が存在したが、埋葬に使用されたのは紀元前3400年頃が最後らしいとのこと。
現状から推し量られることが一つある。先に述べたように、ここは古代街道 (the Ridgway) に面してる。
古墳及び敷地は古代街道に対して基軸が直角に交わるように設計されている。街道の路線決定にあたって古墳がその構想の中核にあったことが道筋の検分から分かる。埋葬地に敬意を表した様相から推して、街道敷設を指揮した勢力と、この墳墓を所轄する部族とが同一であった可能性が読み取れる。
呼称の由来
第二の構成要素について。この古墳が使用されなくなった(紀元前35世紀半ば)後、紀元前10世紀頃渡来した ケルト人(古代ブリトン人)の支配下となった。さらに紀元後のローマ人支配を経て、サクソン人、ノルマン人と 支配民族の入れ替わりが幾度となく繰り返され、近くでの戦も度々あったものの、墳丘は大きな人為的破壊を免れた。
石器人が去ってから、千数百年も過ぎた5~6世紀以降、ブリトン人を追放したゲルマン民族の一派であるサクソン人が定住し始め、8世紀には、ついに英国南部に揺るぎない統一国家サクソン王国を築いた。その頃、この長塚古墳は、原形を留めぬほど荒廃していたことだろう。ここが死者の埋葬地であることを認めないかのように、新住民は、祖先からの伝承に拠る英雄の名に因んで「ウェイランド鍛冶屋」と呼んだ。ウェイランド(またはウィーランド、ヴォーランド)とは、原ゲルマン民族の伝説の名鍛冶ヴェールンドのことで、当時の人々には説明の必要もないほど周知の名であった。
***************************************************************************************************************
<参考文献>
"Kenilworth", Sir Walter Scott, Kenkyusha English Classics, Kenkyusha
(1926), Tokyo.
"Wayland's Smithy: History and Legend ", Nancy Hool, Vale and
Downland Museum Centre, Wantage (1985), UK.
次ページ 21B「北欧伝説:鍛冶ヴェールンド」へ
21C「フランクの小箱」へ
21D「古典神話との関連」へ
21E「蹄鉄伝説の由来」へ
このページの上へ