ドイツで発掘されたマンモスの牙製の笛(横笛)から判明した考古学観によると、現生人類(ホモサピエンス)は3万年も前にかなり精巧な笛を使っていたという。 古代エジプトでは紀元前3000年頃から、祭祀用として神官が縦笛を用いていたとの記録がある。通信手段や戦闘用の角笛やほら貝等を除き、楽器としての笛に絞って話を進めよう。
グリムの『ハーメルンの笛吹き男』やモーツアルトの『魔笛』を引き合いに出すまでもなく、日本でも牛若丸や高貴な嗜みを備えた貴族は笛と深い関係があり、物語の神髄を形成する力をもっている。吹奏楽器が他の楽器と異なるのは、「吹く」「息」の作用が究極的に人間の生命と結びついていること。聖書では、神が息を吹きかけて人間に命を与えた。また、吐く息には、魂や霊力が宿るとも考えられてきた。息を吹きかけて、呪祖(-)したり、願いや祈り(+)を込めたりする。また、笛の神秘性は、人の発する純粋で根源的な音(声や吹笛)が他者の心を揺り動かす力を備えていると感じられるためだろう。感情移入し易いことは、確かだ。さらに、古代ギリシャ時代から、笛音は官能的であると考えられ、宮廷や儀式では、音曲には笛を避けて、琴(ハープ)などの弦楽器が好んで使用されたとか。
中世のキリスト教会権力が全盛の時代には、禁欲主義を徹底させるために、娯楽=悪との価値観を社会に定着させた。歌舞音曲は邪悪なものとみなされ、日常生活の中での音楽は悪魔の仕業とされた。もちろん学問としての音楽や宗教活動や儀式の一環としての合唱や演奏は、形而上的なものとして受け入れられた。お抱え楽師をかかえる宮廷も例外であった。キリスト教会は、一般庶民に対して特例の時期や場所を規定して、歌舞音曲を認めた。例えば、祭りや祝宴や市の日など。旅芸人、遍歴芸人は、日常は賤民として差別されていた。恐らく、吹笛は、ゲルマンの英雄伝説やローマ帝国時代の演劇振興を想起させたので、異端排斥の一大理由から、特に忌し、悪魔との結びつきを印象づけたのだろう。
巨石伝説のうち、悪魔の笛に踊らされた人間がストーンサークルになったとの俗信が抵抗なく社会に受け入れられたのも、こんな歴史的背景があってのことだった。(「スタントンドリュー」,「陽気な娘たち」参照)
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<参考文献>
「フルートの歴史」 奥田恵二著 音楽之友社 昭和60年9月30日 第3刷。
「甦る中世ヨーロッパ」阿部謹也著 日本エディタースクール出版部1987年9月11日
「音楽の歴史」 山根銀二著 岩波書店 (岩波新書295)1976年