<付録>巨人伝説:ロンドン市の巨人ゴグ・マゴグ
アルビヨンの巨人伝説
ジェフリー著の「英国国王列伝」に依りますと、そもそも英国はトロイ人の血を引いたブルータスなる武将によって、
先住民の巨人らを排して建国されたということになっています。それゆえ、この国はブルータスに因んでブリテンと呼ばれる
ことになりました。
ある時、ブルータスの祝宴中に、ゴグマゴグという巨人族の頭が、手下を連れ、突如攻撃をしかけてきました。ブリトン
陣営に多数の被害者が出たのはいうまでもありません。首領のゴグマゴグは怪力無双の大男です。幸いにも、ブルータス側にも
その配下の武将でコリネウスという豪傑が居りました。コリネウスも相手にとって不足はないと考え、互いに素手で勝負を
することになりました。
コリネウスとゴグマゴグは、暫くは優劣のつけようもないほど五分五分の勝負をしていました。と、一瞬の隙を狙って、
ゴグマゴグは敵を引き付け、強引にコリネウスの肋骨を三本ほど折ってしまったのです。しかしながら、百戦錬磨の猛将だけ
あって、怒り心頭に発したコリネウスは反撃に打って出ました。底力をふり絞って、一気に巨人を吊上げ、目の上高く持ち
上げました。慌ててジタバタするゴグマゴグを双肩に担いで、崖っぷちまで運び、そこから白波逆巻く眼下の岩場めがけて、
投げ捨ててしまったのです。落下の衝撃と牙をむいたような岩場のせいで、哀れゴグマゴグは粉々に砕け、辺り一面の海を
鮮血で真赤に染めたそうです。
この故事に因んで、この崖は「ゴグマゴグ落し」(Gogmagog's Leap) と呼ばれることになりました。原著には土地名は
見当たらないものの、この崖はプリマス・ホーだとされ、岬にその名がつけられています。
<出典: モンマスのジェフリー著『英国国王列伝』より 筆者再話 >
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ロンドン旧市(シティー)のギルドホールとシティ-・ジャイアンツ
中世の貴族の大広間を模して建造されたギルドホールは、見るからに古めかしい武骨な建物だが、実は、第二次大戦の空襲で
焼失後、1950年代に再建されたものだそうだ。西側のバルコニーの両角の台座に、それぞれゴグ像とマゴグ像が鎮座している。
ところが、どう見てもアルビヨンの巨人伝説とは、かけ離れているでないか? 巨人の名がゴグとマゴグに2分されているし、
コリネウスの名が消えている。装束にしても、ゴグの装備は古代ローマっぽくて、洗練され過ぎてはいないか?
諸文献の資料から概ねその変遷の軌跡が判明した。どうやら、15世紀以降のヨーロッパ大陸での流行が影響しているらしい。
中世の祭りは、統治者が民衆の支持を得るための政治的プロパガンダとして、大いに利用されたそうだ。15世紀の絶対王政期
には、都市ギルドはこぞって祭りの費用を負担した。祭りの出し物の中でも、人気のあったのは竜や怪物や巨人などの張子の
大型人形であった。張子の人形は工夫をこらして、首や目、口、手などが動いたり、音が出たりと見物人を楽しませた。
特に、人気の高かった巨人は、15~16世紀にヨーロッパ各地に広がり、都市の守護的役割まで持つようになった。
ロンドンでも1413年のヘンリー5世の戴冠式行列に1体の巨人が出演したのを皮切りに、1550年代半ばには、コリネウスと
ゴグマゴグとの命名さえ見られる。ところが、1666年のロンドン大火で張子の巨人2体も焼失。それを機に、永続性のある
木彫り像が製作され、現在に至るというわけ。ロンドンのマスコット・ジャイアンツの歴史は、ヨーロッパの時流に乗った
産物だった。その大きな潮の中で発掘されたのが、長年埋もれていた建国伝説のアルビオン巨人伝説であったというわけ。
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<参考文献> Geoffrey of Monmouth, "The History of the Kings of Britain", Penguin Classics/Penguine Books, 1988
『ゴグ・マゴグ:英国の伝説と歴史の接点をもとめて』黒田千世子 著 近代文芸社 1994年


